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浦和地方裁判所 昭和34年(ワ)91号 判決

原告 磯辺静子

被告 遠山実

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、別紙目録表示の建物につき、浦和地方法務局川口出張所昭和三三年九月三日受付第七九四二号仮登記抹消登記によつて、抹消された同出張所昭和二九年一二月三日受付第七二二七号所有権移転請求権保全の仮登記の回復登記手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めその請求の原因として次のとおり述べた。

(一)  原告は、別紙目録表示の建物につき、磯部成一を仮登記義務者として浦和地方法務局川口出張所(以下登記所という)昭和二九年一二月三日受付第七二二七号をもつて、同年一二月二日浦和地方裁判所の仮登記仮処分命令により昭和二八年一月二八日贈与契約による所有権移転請求権保全の仮登記(以下仮登記という)をした。そして、磯辺成一が原告に対し右仮登記の本登記手続をなせとの判決(浦和地方裁判所昭和三〇年(ワ)第三六・二三二号)が、昭和三三年一二月一七日確定した。そこで、原告が本登記手続をしようとしたところ、右仮登記は、登記所昭和三三年九月三日受付第七九四二号をもつて、同年八月一二日浦和地方裁判所の競落許可決定により抹消されていた。

(二)  ところで、別紙目録表示の建物につき、小林福松を抵当権者とし、磯辺成一を抵当権設定者として、登記所昭和二九年一一月二五日受付第六九五七号抵当権設定登記がなされていたが、右登記は、登記所昭和二九年一二月二一日受付第七七三〇号をもつて、昭和二九年一二月二〇日債務弁済を原因として抹消された。しかるに、登記所昭和三〇年一月一三日受付第一六〇号をもつて、小林福松のため昭和二九年一二月二一日抹消登記原因の無効を発見したるにより抹消登記をなした抵当権設定登記の回復登記(以下抵当権回復登記という)がなされた。そして小林福松の競売法による競売の申立により、登記所昭和三二年一二月二八日受付第一〇七八号原因昭和三二年一二月二七日、浦和地方裁判所不動産競売手続開始決定による競売申立の登記がなされ、ついで、登記所昭和三三年九月三日受付第七九四二号原因同年八月一二日浦和地方裁判所の競落許可決定により、三浦文男に所有権移転の登記がなされた。さらに、被告は三浦文男から昭和三三年九月一八日所有権の移転を受け、その旨の登記をした。

(三)  しかしながち、前記抵当権回復登記手続には、不動産登記法第六五条により登記上利害の関係を有する第三者である原告の承諾書または原告に対抗することを得べき裁判の謄本を申請書に添付しないでした違法がある。したがつて、右抵当権回復登記は無効であるから、小林福松は抵当権設定の登記なくして競売の申立てをしたことに帰する。しかも、原告の仮登記は、民事訴訟法第七〇〇条第一項第二号の不動産所有権の負担記入ではなく、かつ、浦和地方裁判所昭和三二年一二月二七日の不動産競売手続開始決定の記入登記以前にしたものであるから、競落許可決定があつても、その効力を失なうものではない。よつて、原告は、右仮登記の効力に基き、競落による所有権取得者からの承継人である被告に対し、請求の趣旨記載の判決を求める。

第二、被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、原告の主張に対し次のとおり答えた。

(一)  原告主張の(一)、(二)項の事実は認める。

(二)  被告は競落人である三浦文男より別紙目録表示の建物を譲り受けたものであるから、抹消された仮登記の回復登記義務者ではない。したがつて、被告は正当な当事者ではない。

(三)  原告の所有権移転請求権保全の仮登記は、浦和地方裁判所の競落許可決定により抹消されたものであるが、右競落許可決定がすでに確定している現在、競落許可決定によつて抹消された仮登記の回復登記を求めることは、法律上許されない。

(四)  小林福松が抹消された抵当権の回復登記をなすにつき、原告は不動産登記法第六五条の登記上利害の関係を有する第三者にあたらない。すなわち、小林福松の抵当権設定登記は、原告の仮登記前になされたものであるから、原告としては、抵当権設定登記がなされていることを十分知つて右仮登記をなしたものといわなければならない。そして、右抵当権設定登記が誤つて抹消され、のちに回復登記がなされたけれども、その回復された状態は、最初に原告が仮登記したときと同じ状態に復するのであつて、原告に不測の損害を及ぼすものではない。したがつて、このような場合には、原告は不動産登記法第六五条の登記上利害の関係を有する第三者ではないから小林福松が抹消された抵当権の回復登記手続をなすにつき、申請書に原告の承諾書、または、これに代る裁判の謄本を添付することを要しない。

第三、証拠として、原告訴訟代理人は、甲第一ないし第五号証、甲第六号証の一ないし五、甲第七号証の一、二、甲第八号証を提出し、被告訴訟代理人は甲各号証の成立を認めた。

理由

第一、原告が、別紙目録表示の建物につき、磯辺成一を仮登記義務者として浦和地方法務局川口出張所昭和二九年一二月三日受付第七二二七号をもつて、所有権移転請求権保全の仮登記をしたこと、右仮登記が登記所昭和三三年九月三日受付第七九四二号をもつて抹消されたこと、右建物につき、小林福松を抵当権者とし、磯辺成一を抵当権設定者として登記所昭和二九年一一月二五日受付第六九五七号抵当権設定登記がなされていたが、右登記が、登記所昭和二九年一二月二一日受付第七七三〇号をもつて抹消されたこと、しかるに登記所昭和三〇年一月一三日受付第一六〇号をもつて、抹消された抵当権設定登記の回復登記がなされたこと、そして、小林福松の競売の申立により、別紙目録表示の建物が競売され、昭和三三年八月一二日三浦文男が競落し、さらに、被告は三浦文男から昭和三三年九月一八日所有権の移転を受け、その旨の登記をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

第二、原告主張によると、「被告を回復登記義務者として、抹消された原告の仮登記の回復登記手続を求める」というにある。しかし前記当事者間に争いのない事実によると、回復登記義務者は磯辺成一であつて、被告でないこと明らかである(東京地方裁判所昭和三三年三月二八日判決、最高裁判所昭和三〇年六月二八日判決参照)そうすると、被告に対し抹消された仮登記の回復登記手続につき、承諾を求めるは格別、抹消された仮登記の回復登記手続を求める本訴においては、被告は正当な当事者ではないから原告の請求は失当である。のみならず、以下に述べるように被告は抹消された仮登記の回復登記手続に協力する義務もないから原告の主張は理由がない。

第三、小林福松が登記所昭和三〇年一月一三日受付第一六〇号をもつて、抹消された抵当権設定登記の回復登記をしたが、その申請のとき、申請書に不動産登記法第六五条に定める原告の承諾書または原告に対抗することを得べき裁判の謄本を添付しなかつたことは、成立に争いのない甲第五号証、甲第六号証の一ないし五によつて認められる。

そこで、小林福松が右回復登記の申請をなすにつき、原告が不動産登記法第六五条の「登記上利害の関係を有する第三者」として、その承諾書または、これに代る裁判の謄本を申請書に添付することを要するかについて考えてみる。不動産登記法第六五条の「登記上利害の関係を有する第三者」とは、回復登記により登記の形式上からみて一般的に損害を被るおそれありと認められる第三者をいうものである。すなわち、登記官吏に実質的審査の権限なきことに鑑みその損害を被るおそれあることが、登記簿上の記載から形式的に認められるかぎりは、たとい実体法上損害を被るおそれがない者でも、ここにいう第三者にあたる(昭和二九年八月二七日民事甲第一、五三九号法務省民事局長通達参照)。けだし、本条はもつぱら登記手続の正確に行なわれることを保障するための規定であつて、法文がわざわざ「登記上利害ノ関係ヲ有スル」といつているのは、この意味を表明したものである(大判大正四、六、三〇、民録二一、一〇七九は、「不動産登記法第六五条にいわゆる登記上利害の関係を有する第三者とは、単に登記の形式上利害の影響を及ぼす者を指すに非ずして、その者の取得したる権利に対し利害の関係を生ずるものを指すものとす。」と判示しているが、もし第三者をかかる者に限定するときは、登記官吏をして第三者の取得したる権利に対し実体法上利害関係を生ずるか否かを決定せしめる結果となる。しかるに、不動産登記法上形式的審査の権限を有するに過ぎない登記官吏をしてかかる決定をなさしめることは相当でないと思われる)。そうすると、原告が不動産登記法第六五条の「登記上利害の関係を有する第三者」にあたるから、小林福松が抹消された抵当権設定登記の回復登記の申請をなすにつき、申請書に原告の承諾書、または、これに代る裁判の謄本を添付しなければならない。そして、これを添付しないでなした登記の申請には、不動産登記法第四九条八号にあたる瑕疵がある。

しかるに、登記官吏が不動産登記法第四九条八号に基き、小林福松の右抵当権回復登記の申請を却下すべきであつたにもかかわらず受理して登記をなしたこと(登記をなしたことは当事者間に争いがない)は、前記甲第五号証、甲第六号証の一ないし五によつて認められる。そして登記官吏が不動産登記法第四九条八号に違背してなした登記は、利害関係ある第三者の承諾が存在しない限り無効のものと解すべぎである(申請書に承諾書などが添付されていなくとも承諾が存する限りは有効であるが。)。そして、小林福松が抹消された抵当権設定登記の回復登記の申請をなすとき、登記上利害の関係を有する第三者である原告の承諾を得たことについて、被告はなんらの主張、立証もしない。そうすると原告の承諾がなかつたことになるから、小林福松の抵当権回復登記は、小林福松と原告との関係では無効である。したがつて、原告は小林福松に対し抵当権回復登記の抹消登記手続を求めることができるわけである。

第四、しかしながら、原告と小林福松との間で、右抵当権回復登記の抹消登記がなされない間に右登記に基いてさらに善意無過失で権利を取得し、その登記を得たところの正当な利害関係を有する第三者に対しては、原告が小林福松の抵当権回復登記の無効を主張できず、また、そのものに対しては、抹消された仮登記の回復登記手続をなすにつき、その承諾をも請求しえないと解すべきである(小林福松の抵当権回復登記が実体法上の権利関係に符合する以上は、たとえそれが原告の承諾がなかつたとしても、承諾がなかつたが故に無効であるとの主張は、瑕疵ある手続によつて登記をなした小林福松に対してのみなし得るにすぎず、この登記に基いてさらに登記を得た第三者の利益ないし取引の安全は十分に考慮する必要があるので、小林福松の抵当権回復登記は、正当な利害関係を有する第三者に対する関係では、これが無効を主張し、もはや抹消を求めえないものと解すべきである。なお、正当な利害関係を有する善意無過失の第三者の保護せらるべきことについては、前掲東京地裁及び最高裁の判決参照)。そして、別紙目録表示の建物につき、小林福松の抵当権設定登記があり、また、抹消された抵当権設定登記の回復登記がなされたことは、前記のとおり当事者間に争いがなく、かつ、原告は小林福松の抹消された抵当権設定登記の回復登記が、実体法上の権利関係に符合しないことについて、立証しないから、右抵当権回復登記は実体法上の権利関係に符合するものと推定すべきである。そこで、右抵当権に基き、小林福松が別紙目録表示の建物につき競売の申立をなし、三浦文男がこれを競落し、さらに、被告は、三浦文男からこれが所有権移転を受けその旨の登記をしたものであるととは前記認定のとおりである。したがつて、特段の事情が認められる証拠がないから、被告は善意無過失で別紙目録表示の建物の所有権を取得した正当な利害関係を有する第三者といわなければならない。そうすると、原告の請求は、じよの点について判断するまでもなく、認容するによしないこととなる。

第五、よつて原告の請求は失当であるから、これを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅賀榮 川名秀雄 竹田國雄)

目録

川口市飯塚町一丁目八六五番

家屋番号 同所一六七番の二

一、木造瓦葺二階建店舗一棟

建坪 三一坪

外二階 一五坪五合

附属建物

木造瓦葺平家建物置一棟

建坪 九坪七合五均

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